[PR] 軽井沢 シングル
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- -- l スポンサー広告 l top ▲

彼からその話を聞いたときは
正直「どうでもいい」と思い
興味が持てなかった。

むしろ面倒くさいとさえ思った。


それは彼の別れた妻が残していった
嫁入り道具の着物数点を
処分して欲しいと言うものだった。




「結婚」と言うものに対するしきたりは
地域によって様々だ。

個人の考え方によっても
「結婚」と言うものの概念は異なる。

ただ「一緒にいたいから」と言う理由で
結婚する若い恋人たちも珍しくないだろう。

私もそうだった。


ただ「好きだから」「ずっと一緒にいたいから」
そして、「相手を独占したいから」と言う理由だけで
親の反対を押し切って結婚した。

だが式などはもちろんせずに
ただ入籍しただけだった。

私は普通の会社員の娘で、
とりたてていい家柄でもなかったけれど
もし普通に学校を出て就職をして
親も納得する相手と結婚していたなら
普通に結婚式への準備を進め
結婚式と言うセレモニーもしていただろう。


親の期待を裏切り、学校も辞め、
親の意にそぐわぬ人と無理やり結婚した私は
「結婚」と言う儀式には何の感慨もない。



だが、お互いきちんとした家柄同士で
一応親も納得した相手と結婚の手順を踏んでいく場合は
両家ともに大変な想いをして結婚をするのだろう。


勿論幸せは一杯なはずだが
それでも大変なことに変わりはないのだろう。


ましてやそれが、地方の旧家同士ともなれば
両家の「結婚式」にかける想いは
並々ならぬものがあるのだろう。




私は彼の結婚生活についての話はあまり良く知らない。

彼も話さないし、私もまた聞こうとも思わない。

ただ一男一女があり、それを妻が引き取ったこと、
それからすぐに彼女は再婚し、
にもかかわらずいまだに彼にちょくちょく電話してきたりすることなどは
彼が言うので知っているぐらいだ。



けれど、おぼろげに思うのは、
その人は今、そんなに幸福ではないのではないかと言うことだ。





その人の残していった着物を偶然にも見る事になったのは
先日たまたま彼が私の家へ泊まりに来ていた日に
彼の母親が泊りがけで親戚の家へ遊びに行っていることを知り、
彼が「今から家へくるか?」と誘ってくれたので
初めて彼の家へ上がることになったからだった。


彼が「前の女房が置いていった着物を処分して欲しい」と言うのは
以前から聞いていたのだが
それは彼の母親の強い願いでもあり、
「そんなものは見たくない」と言うことなのだそうだ。

よほどこじれた別れ方をしたのだろう。

彼の家へお邪魔していることもあり
断れなくなってその着物を見てみることにした。


約20年前に仕立てられたその着物は
どれもこれもまったく痛んではおらず
綺麗なままの状態だった。


それは、一般的な嫁入り道具の着物である
喪服の夏用冬用と、
それに新春に晴れ着として着る可愛らしい梅の柄の
正絹の訪問着一式だった。


まだ一度も袖を通していない証拠に
それはしつけがついたままたとうしに包まれて
そこにはそれを仕立てた呉服店の名前と
それを依頼した元妻の旧姓と、
その後ろに「(妹)」と書いてあった。

それを見て私は
彼女には姉がいて、
姉妹揃ってその呉服店で着物を誂えていた事、
また彼女の家がきちんとした家柄で
しかも旧家であることがすぐにわかった。


きっと、彼女や彼女の親は
この着物を仕立てたときは
まさかこんな結果になるだなんて思いもしなかったのだろう。

一度も袖を通していないそれを
持って帰らずに置いて帰ったのはわざとなのだろうか。


様々な想いがよぎり、
私はその色鮮やかな美しい着物を見ていて
なぜか涙が零れた。




誰しもが幸せになりたいと願って結婚するのに
どうして悲しい結果になったりするのだろう。

当時21だったと言うその若い花嫁さんも
きっと幸せになりたかったろうに...。



私は、もし彼女がそのまま幸せだったなら
今の私と彼との幸せはなかったと言うのに
それでもなぜか切なくてたまらなくなった。



「何故泣くんだ?」

彼がちょっと困ったような顔で言った。


「ううん、なんでもない」


私はそう言って広げたたとうしを元に戻した。


「お前が嫌でなければ着てくれたらいいんだが」
と言う彼に、私は即座に

「娘に頂くわ」と言っていた。


彼は急に嬉しそうな顔になって、

「そうか?嫌じゃないか?」

と、何度も言った。



嫌じゃない、決して───


着物には何の罪もない。


私が着れるなら着たい所だが
柄が可愛らしすぎるのと細身に仕立ててあるので
残念だが私は着れそうにない。

でも娘ならとても品良く可愛く着てくれるだろう。




幸せになれなかった花嫁さんの嫁入り道具の着物だなんて、
縁起が悪いと思われるだろうか?


私は気にならない。


亡くなったとかならともかく、
離婚など日常茶飯事のことではないか。

しかもおそらくはその人は
きっと見るのも嫌でその着物を置いていったに違いないのだ。


彼からの結納で仕立てた着物まで後生大事に持ち帰る程
切羽詰った家ではないのだ。


「こんなもんいらないわ」と
投げ捨てる思いで置いて帰ったに違いない。



ならばもうすっかりその着物への想いは
リセットされているはずだ。


娘に話したら、娘も「是非着たい」と言った。

娘も気にならないらしい。




今度、風が心地よく吹く日に
その着物を広げて風を目一杯通して
来春にでもお披露目をしよう。


きっと彼も生き返ったように美しい着物をまとう私の娘を
目を細めて見るに違いない。





























2008.10.06 Mon l 恋愛 l COM(2) l top ▲
子供の頃の願いは
憧れた職業に就く事だった。

誰しもがそうなように、
私も人並みにいろいろな職業に憧れた。

子供の頃、私はバレリーナになりたかった。

母にせがんで
クラシックバレエの教室に通い始めた。

憧れのトゥ・シューズは履いたが
2年ほど経った頃、私は思春期でメキメキと太りだし
同期の子らには役がつくのに私はいつまでも群舞のままで
そのうち嫌になり辞めてしまった。

もっと幼い頃は
その頃はやっていたテレビドラマの影響を受け
スチュワーデス(現在はキャビンアテンダントと言うらしい)になりたかった。

母の影響で
宝塚に入りたいと思ったこともあるし
アイドル全盛期と言うこともあり
歌手に憧れてオーディションを受けてみたりもした。

でもそのどれもがうまくいかなかった。

私には何の才能もないのだと思い
悲しかった。





(別れた)夫と出逢ったのは
私が17になったばかりの頃だった。

子供の頃からの私の願いは、
なりたい職業に就くと言うことと
後ひとつは「早く彼氏がほしい」と言うことだった。

一人っ子の上、
父はかなり年齢がいっていた事と
もとより温厚で優しい性格のため
私の家庭には生々しく「男」を感じる存在がなかった事で
私はかなり早くから「男の子」に興味があった。

早く一人の人と親密な関係になりたかった。

そんな私に
当時23歳だった元・夫は優しかった。

後で知ったことだが
夫には当時好きな人がいたらしいのだが
その人には見向きもされなかったので
初心そうな私にこなをかけたそうだ。

案の定私はたちまち夫に夢中になり
一生懸命幼い恋をして、
親の反対を押し切り夫と一緒になった。

好きな人と一緒になれた私は嬉しくて
もう「何かになりたい」などとはこれっぽっちも思わずに
ままごとのような結婚生活に幸せを感じていた。

彼のためにお料理をして
彼のために部屋を居心地良くしつらえ
彼の帰りを待つ生活を心から楽しんでいた。

もともと夫は大のパチンコ好きで、
つきあい始めた頃からデートはいつもパチンコ屋、
(興味のない私は横に座って見ているだけ)
結婚してからも毎晩パチンコをして帰る有様で
帰りはいつも午前様、
休日も一緒に出かける先はいつもパチンコ屋、
相変わらず私はずっと彼の隣に座って
彼がパチンコをしている横顔に見惚れていた。

何時間も、何時間も。




今考えれば最初から「そんな男」だったのだと気づくのに、
当時の私はわからなかった。

彼の全てを愛していた。




そんな私が彼に対し、
初めて「落胆」し「失望」したのは
「お酒」がらみの事だった。

彼は家でも外でもお酒を飲む習慣はなく
(無論付き合い程度には飲める口だったのだが)
勿論私もお酒など飲んだこともなかったが、
大人のムードを感じる「お酒」には
まだ十代だった私にはかなり憧れがあった。

ある日、夕食後に夫と散歩がてら
近所のスーパーに出かけ
初めてウィスキーを買ってみた。

ハムや少し高級なチーズなども買い、
帰宅して私はいそいそとつまみを作り、
水割りの準備をして彼を食卓に誘った。

夫婦で水割りと美味しいおつまみを愉しみながら
いろいろな事を語り合う───

そんな優雅な時間を楽しみたかった。


それに対する夫の反応は、

「馬鹿馬鹿しい、くだらない」

だった。


あの時の失望した気持ちは約30年経った今でも
よく覚えている。


この人とは高尚な時間を共有することは出来ない───


まだ十代だった私にも
はっきりとそれはわかった。


パチンコとごろ寝と。

それしか興味のない人だった。




それから約30年。

私はまぁ自慢できる程ではないが
何とか自営の店も持ち、
子供たちにも大事にしてもらえ
小さいながらも誰にも侵略されない
居心地のいい家がある。

でも夫は.....


詳しくは書けないが、
先日「金を貸してくれ」と再三の無心があり
それは断ったのだがどうしてもお金に困っていると言うので
ほんの少しだけ持っていた金のアクセサリーを
まとめて全部渡してやった。

元・夫は「換金してから現金をくれればいいのに」などと言っていたが
さすがに「助かるよ、ありがとう」と受け取ったのだった。


直接の受け渡しは子供がやった
(私は逢いたくなかったので)

だからこのやり取りはすべて電話でなのだが
私は電話を切る時最後に、
「もうこれっきりにしてね」と告げた。

電話をされるのも、お金の無心も。

元・夫は「わかった」と言った。




可哀想な人だと思った。

お金に縛られ、執着し、
だからギャンブルにのめり込み、
身を持ち崩すことになってしまった。

意志の弱さは子育てにも表れ、
離婚後、夫とともに暮らした長男に振り回され、
それが今の事態を引き起こす要因のひとつともなった。


本当は弱い、優しい人なのだ。

優しいからこそ、子供にも自分にも甘く、
それが今の事態を引き起こしてしまったのだ。



元来気の強い私は
夫に失望してからは徐々に妻としての可愛らしさを無くし、
夫に事あるごとに刃向かっては
殴られたり蹴られたりした。

何度か骨を折られたりしたが
それすらももう遠い日々の事だ。



私は最近良く考える。


時節柄、お客の少なくなった自店の中で
ぼんやりと客待ちをしている時、
幼い頃に抱いた「お酒」への憧れが
今のこの仕事に私を導いたのだと。


あの日、夫と楽しむことが出来なかったこの空間を
他の人と共有するこの仕事が好きなのだと。



そして、幼い日に抱いた「願い」そのものが
間違っていたのだなと気づかされる。


私は決して「何かになりたかった」訳ではなく、
「自分と価値観の合う、男らしい男と出逢わせて下さい」と
願うべきだったという事に。


もしそう願い、それが叶っていたなら、
私は決して今の仕事を選んだりしてはいないだろう。

仕事どころか
離婚すらきっとしていない。


きっと、その「男」のために
ずっとお料理を作り、居心地良く部屋をしつらえ
その「男」のためにだけ生きただろう。

私という女は
実はそんな女だったのだ。



最初に抱いた「願い」そのものが間違いだった事に、
今更ようやく気づいたのだった。










2008.06.24 Tue l つぶやき l COM(6) l top ▲
次男が帰って来て
独り暮らしではなくなったせいか
シングルについての日記が書けなくて放置気味です。

今日はその次男の職安の説明会で
待ちぼうけの私は近くのショッピングセンターをうろうろ。

昔から「家」「暮らし」「料理」こういったものに
憧れがある。

「家」とはいわゆる「持ち家」や「マイホーム」と言う意味ではなく
自分の「住処」とか「寝るところ」と言ったような意味合いで、
「暮らし」とは「生活」、「料理」は作ることに興味があると言うよりは
「料理を作る」=「生活」と言う感じで、
つまりは「生活そのもの」にとても深い憧れや思い入れがあるようなのだ。

今日も本屋の、「暮らし」「生活」「料理」などのコーナーで
思いのほかじっくり見入ってしまった。


気に入った暮らしを、
子供の頃から追い求めていたような気がする。

いろいろな職業に就きたいと願ったり、
いろんな夢は描いたけれど、
ほんの小さな小学生の頃の
私の「夢のお絵かき」の内容は、
いつも「理想の家」の「間取り図」だった。

ここにこんな長い渡り廊下があって
二階のベランダはこんなに広くて、
廊下の壁には中庭が見えるように窓がついている。


そんなのを画用紙一杯に描いては
父に「いつかこんな家に引っ越そうね」とか言って
父を苦笑いさせていた。


「料理」についても、
単なるレシピにはあまり興味はなく
「保存食」とか「常備菜」と言う言葉に弱い。



思うに、

私はずっと「恒久的なもの」「変わらぬもの」に
憧れ続けているのではないだろうか。



現実には変化の多い人生を歩んでいるが、
本当に望んでいるのは
ずっと変わらない「落ち着いた安定した暮らし」───...。




きっと、
子供心に「自分は絶対にそんな人生は送れない」と
薄々感づいていたのではないだろうか。


本屋で見た「季節ごとの保存食」と言う本の著者のHPを
帰って早速PCでチェックし、
「お気に入り」に登録しながらそんな事をふっと思った。












2008.06.19 Thu l つぶやき l COM(0) l top ▲
前回の記事を書いていて気づいたことなので
「追記」と言うことなのだが。


>彼に生活を保障を望む気などさらさらない。


こう書いた後ではたと気づいた。


そう言えば以前、彼にある事を頼んだ時、
彼が直前になって日にちを変更してくれと言い出した。

その時私は遠慮から「もういいよ、私の用事は」と言ったのだが
それで彼がひどく機嫌を悪くしたことがあった。

私は彼を気遣って言ったのに、
彼にしてみれば「きっとやってね」とお願いして欲しかったようなのだ。

「もういいわ」と言われることで
「そんなに俺は頼りにならないのか」と思ったらしい。


そうなのだった。

男は「頼りにされないと駄目」な生き物なのだ。

頼られないと、頼りにならないと思われたと言うことで
プライドが傷つくのだ。

慌てて「本当はお願いしたいのよ。貴方のいい時でいいから
必ずやってね」と言いなおした。

この事でもわかるのだが冒頭の、


>彼に生活を保障を望む気などさらさらない。


こういう私の気質こそ問題じゃないのだろうか。

本当は、

「今後も私を宜しくね」と心底頼りにしたほうが
状況は変わるのかも知れない。

でも心底頼っていて裏切られたらどうすればいいのか。

なぜ「裏切られる」と思うのか。


問題は、
「心底彼を信頼していない」私であり、
またそう思わせる彼の言動なのだろう。

結局堂々巡りだ。



当面の課題は、


───彼が来た時ぐらい、ティッシュの位置が曲がっても「まぁいいわ」と
開けて通せる余裕。

───裏切られても「ま、仕方ないわ」と笑って言える余裕。



そう言った心の余裕を持つことが先決と言えるだろう。












2008.06.07 Sat l 恋愛 l COM(2) l top ▲
次男は先日帰宅して早々、
「挨拶と後片付けに行ってくる」と言って
昨日の朝、元の職場の寮に戻って行った。

「二泊ほどしてくるから」と言うことで
私はまた一人の夜を迎えることになった。

以前のブログから読んで下さっている方ならお解かりかと思うが
私には「互いに独身同士なのに処々の事情から結婚はしない」と決めた
4年越しの恋人がいる。

シングルになってから
まだ一度しか家には呼んだことはないが、
(互いになんやかやと忙しい者同士なので)
夕べは久しぶりに家へ招いた。

正直、この男はとても面倒くさい。

特に酔っ払っているこの男は
大きな大きな子供と言った感じで
相手をするのも疲れる。

また私は自炊はあまり好きではないが
部屋の中は常にきっちりと片付いていないと嫌なたちで、
ティッシュの箱が少し斜めになっているだけでも我慢ならない。

だから彼のように「幅しい」男が家に来ると、
彼が歩くだけであちこちぶつかったりして家具がゆがんだり
棚のものが落ちたりして、
私は後々回って全部片づけて回らなければならない。

それが苛々する。

それと私にも気分的な波があるようで
「すごく逢いたい」と思う日もあれば
「逢うのはいいけれど一緒に寝るのはちょっと...」
と言う日もある。

先日次男を迎えに行ってくれた日は
感謝の気持ちもあって「一緒にいたい」と思ったけれど
昨日は仕事の方に頭が向いていたみたいで
あまりそんな気になれなかった。

だがまぁこれから次男が帰ってきたら
また暫くは家には呼べないので
夕べは家に招いた。

酔った彼をソファに寝かし、
テレビやビデオ、CSのリモコンを触らないように注意し、
(とにかく滅茶苦茶に触るので彼がいじると設定がおかしくなるのだ)
大急ぎで寝室に行き、化粧を落とし、
彼の寝具を用意し...とやっていて、
「なんで私こんなことやっているんだろう。面倒くさい」
本当に正直そう思ってしまった。

とてもじゃないが、
「彼氏と一緒に過ごせて嬉しい」とか言う気分にはなれなかった。

もう若くないし、それは当然かも知れないが
でも「こんな気持ちのまま彼とつき合いを続ける意味があるのだろうか」と思った。



中年のシングルの男と女がくっつく理由はいろいろあるだろうが、
一番は「老後の心配」ではないかと思う。

男は女に「身の回りの世話」を期待し、
女は男に「生活の保障」を期待する。

でも私は甲斐甲斐しく男の身の回りの世話をするような性分じゃないし、
彼に「生活の保障」を望んでもいない。

彼は地元の比較的大きな家の長男で、
現在は年老いた母親が甲斐甲斐しく彼の世話を焼き、
たとえその母親が亡くなっても
兄弟や身内が沢山まわりにいる。

彼はたぶん何も困りはしないだろう。

私はと言うと、老後の生活の保障など
はっきり言って何もないし
この土地にすれば「よそ者」だし
土地家財産など何もない。

だから今必死に自営の店に心血を注いでいるし、
開店してから4年、去年の秋には2店舗目の開店も果たした。

今後は少しづつスタイルを変え、
先に目を向けた営業形態に軌道を修正しているところだ。

どうにもならないかもしれないが
何とかなりそうな気もしている。

当てにしている訳ではないが
優しい子供が三人もいる。

彼氏に「生活の保障」など
さらさら望む気もない。



打算、計算、自分の得になる事。

そんなものにまったく興味はない。

常に私の中にあるのは、

「自分の気持ちに正直なこと」────。




だから夕べは彼と一緒にいて
正直楽しくなかった。

面倒くさかった。

さっさと一人で帰宅して、
一人で寝支度をして寝てしまいたかった。

でも。




それをしなかったのは「情」だろうと思う。

この4年の間に何十、何百夜を共にして
最初は違和感のあった二人の夜に
何の違和も感じなくなった今日この頃、
「面倒くさい」と思うのは「私の元来のわがままな性格」と、
後はやはり「年をとったから」なのだろう。


中年の奥さんが夫とではなく女友達同士で旅行する話は良く聞くし、
その理由は「女同士のほうが気楽」と言っているのも納得できる。

とかく、男は手がかかる。


手のかからない男もいるだろうが、
正直、そんな男に私は魅力を感じない。

でも「面倒くさい」。


ならばどうするか。



それは「受け入れる」事だと思う。


「面倒くさい男」を。


そしてそれを「面倒くさい」と感じる自分を。


そして「情」ゆえに「まぁいいか」と許している自分を認めるのだ。




いずれもし、心底「情」も尽きるほど、
相手の事が嫌になったら、
その時は潔く別れればいいのだから。



そのために、私たちはあえて「結婚」と言うスタイルを
取らずにいるのだから。


















2008.06.04 Wed l 恋愛 l COM(2) l top ▲